皆さんごきげんよう。神藤に回してもらいました、1年生の木谷です。
初めて部員日記が回ってきたので自己紹介をさせていただきま

↑虹色のしっぽがトレードマークの可愛いウィッシュミーメルちゃんです!
こういう話をすると大体出身は~と書くと思うのですが、私は出身の話を振られると正直少し困ります。というのも私は父の仕事の都合で幼い頃から、引っ越しを繰り返しているからです。生まれは兵庫県の尼崎市ですが、2歳になる前に引っ越しました。今年の三商演舞会ステージは尼崎のあましんアルカイックホールで行われたため、17年ぶりに生まれ故郷を訪れることができました!!
↓下の写真は三商演舞会ステージで撮ったお気に入りの同期写真です!

2歳から7歳までは千葉県の松戸市に住んでいました。幼稚園生の頃の記憶もあまりありませんが、文化祭で粘土でくまさんをそれはそれは一生懸命作ったのですが、父に「これなに?ゴリラ?」と聞かれて大泣きしたことは鮮明に覚えています。自分が不器用なのは幼稚園生の頃から変わっていません😿
8歳から小学校卒業まではオランダのアムステルダムに住んでいました。日本に住んでいたら中々できない経験が出来たので、父には感謝しています。オランダ生活で学んだことは「アイスクリームは用心深く食べなければならない」ということです。忘れもしません、小学校6年生の時イギリスのロンドンに行った際のことです。ロンドン城で木谷は自分のお年玉で5ポンドのストロベリーチーズケーキ味のアイスクリームを買いました。一口食べて美味しいと喜んで歩いていた頃、知らないおじさんにぶつかって地面にアイスクリームをぶちまけました。重要なことなので繰り返します。一口しか食べてません。悲しすぎて大泣きしました。アイスクリーム屋のお兄さんがアイスクリームをちゃんと乗せてくれなかったから、少しの衝撃で落ちてしまったのです。そのお兄さんに一言言ってやりたかったのですが、日本人学校に通っていて、英語がまともに喋れなかったので何も言えず、悔しかったです。そこから私は思ったことを英語で言えるようになってやろう!と死ぬ気で英語を勉強し始めました。
中学校入学のタイミングで日本に帰国し、中学高等学校は湘南白百合学園という江の島の近くの学校に通っていて、(実は中学、高校で住んでいる場所は変わっています。)挨拶が全てごきげんようでした。「ごきげんよう」はお嬢様というイメージがありましたが、入学して驚いたのはその言葉の汎用性の高さです。朝も昼も夜も授業前も後も使えます。なので、私はこのブログを読んでくださっている方がどの時間帯でも対応できるようにごきげんようを使いたいと思います。それはさておき、部活動や勉強、学校行事に追われた、楽しい楽しい6年間でした。そんなこんなで今に至ります。幼少期から各地を転々としてきたのですが、どこも私にとって大切な故郷です。出身地は決められませんね。だから、出身はその時の気分によって変えて言ってます。笑
これで1年生も全員回りきったので、次は誰に回すか迷いますね、どの先輩方のブログも読みたいのですが、ここは「最近部員日記回ってこないな。」とおっしゃっていた主将谷水さんにお願いしたいと思います。よろしくお願いいたします。それではみなさんごきげんよう!
↓カッコイイ谷水さんの背中です。

一橋大学体育会應援部